「カメラマン達の見たイラク」

今日は、「カメラマン達の見たイラク」写真展へ行ってきました。Iraq hope network関係者の郡山総一郎さん、佐藤真紀さん、高遠菜穂子さん、森住 卓さん、志葉 玲さんetcが撮られたものです。
さっぽろピースデイズ主催。入場無料。明日までです〜ご興味のある方は、是非。


イラク問題。。。不勉強な私には解らないことだらけです。
毎日をのほほんと暮らし、何不自由無い暮らしをしている私には無縁の世界でした。でも、そういう生活を出来る日本に暮らす人たちも、イラクの人々へ胸を痛め、いろいろな活動をしているんですよね。
この写真展をはじめ、ボランティアの方たちがなんと多いことか。。。


会場に行ったとき、私は場所が解らなくて、ちょっと戸惑っていたのですよ。そうしたらまだ幼さの残る若い女の人が声を掛けてくれて場所を教えてくれました。
「あっちですね〜行ってみます。ありがとうございます。」と私。
「いえ、ゆっくり観ていってください。ありがとうございます。」と彼女。ぺこりと頭を下げました。
何故彼女は、私にお礼を言って、頭を下げたのだろう。場所を教えてもらって、助かったのは私なのに。
それはきっと、一人でも多くの人にこの問題を訴えたい。そしてその会場へ足を運んだ私に対する感謝のように感じました。彼女の目は真っすぐできらきらしていました。
こういう人たちが世界のあちこちにいるのだろうな。


観た写真は、もう言葉なしです。安っぽい言葉しか思い付かないので、あまり多くは書きませんが、どこの国の子どもたちだって笑顔は素敵です。「罪の無い子どもたち」とはよく使われる言葉だけど、本当にそうですね。
でもね。この罪の無い子どもたちが、こんな環境で育ったら「罪のある大人」になってしまうんですよね。
誰かを恨んだり、憎んだり・・・罪も生きるためには仕方ない。生きることが最優先。そして憎しみは連鎖され、なかなか断ち切ることが出来ないんですよね。
人って教育や環境でどんどん変わる。でも環境を変える力と言うのは、膨大な力が積み重ならないとなかなか変わらない。誰が悪いのか。もうそんなことは解らない。そこにこだわっていたら、何も変えられないのだと思います。


ひとりひとりの力は微力すぎて、この大きな問題の前には足がすくんでしまいます。でも、それでも自分が出来ることを精一杯やっている人たちはたくさんいるんだよなぁ。
私の足はすくんでいます。こうして思うところあって、ブログにつらつら書いているけれど、別に誰かのためじゃないもの。


財布の中にあった小銭を募金しました。お礼と言う訳ではないけれど、小さな折り鶴を頂きました。
募金をする人のために、せっせと折り鶴を折ってくれている人がいるのですよね。ほんの少しの小銭が何かの役に立つなんて、これっぽっちも思っていないけれど、折り鶴を折ってくれた人、私に「ありがとうございます」って言ってくれた人、本当に頭が下がります。
今も私の傍らにいるこの折り鶴、大切にしようと思います。


世界にはイラク問題に関わらず、戦争や飢餓や貧困に頭を痛めている人が、たくさんいると思います。
でも今日写真展の会場で会った人たちは、胸を痛めているのだと思います。
私には何にも出来ないけれど、せめて胸を痛める人間でありたい。ただの自己満足ですが。