批判する人。

 今回オリンピックはいまいち盛り上がりに欠けますね。それは、もちろん日本勢の戦績が奮わないからだっていうのは明白なことだけど、これはこれで良いのではないかな?なんて思ってる。
 報道煽り過ぎ!オリンピック前はもっとメダル獲得を楽観視した報道がされていたけれど、果たしてそれは実力に見合ったものだったのだろうか?そういう非現実的な情報を鵜呑みにして、入賞出来ないからと言って落胆するのはどうなんだろうか?
 それは、横に置いといたとしても、調整の不備やらプレッシャーやらで実力を出せなくて一番悔しがっているのは本人たちだろう。
 ただ観戦している側が得られるものっていうのは、嬉しいとか楽しいとか感動したとかそんなことだ。勝てば、そりゃ嬉しい。見ていて楽しい。勝つために努力をしてきた人が報われた姿っていうのは、胸を打つ。でも、観戦している人は、競技をしている人の喜びのおこぼれをもらっているに過ぎない。
 そのおこぼれが貰えないからって、ガタガタ騒ぐな。


 私は、頑張ったんだから結果はどうでもいい、なんて思っていない。頑張ったからこそ結果にこだわらなきゃならない。でもそれは本人の頑張り。見ている人の頑張りじゃない。その辺に違和感を感じる。
 これは競技なのだから、レベルってものがある。もちろん技術的なレベルもあるし、精神的なレベルもある。勝てるっていうのは、その総合力だろう。努力だけじゃどうしようもない部分もあるしね。
 その人に見合ったレベルの最高のものが出せればそれでいいんじゃない?それが結果だと思う。決してメダルをとることが結果じゃなくて、その人に見合ったレベルの最高のもの。
 例えばプレッシャーに負けたのであれば、精神力のレベルが低かったってことだし。
 それにひとりひとりにドラマがある。決してテレビで観戦している人には解らないドラマが存在する。そのドラマのたった一コマを見ただけで、全てを決めつけるようなことが私は嫌いだっていうこともあるんだけど。
 目標はただひとつだけれど、その目標が達成出来ないことを責めることが出来るのは、本人だけだって感じてるってことです。
 


 野村克也さんのことばで「勝ちに不思議な勝ちあり 負けに不思議な負け無し」というのがある。オリンピックのような大舞台では、このことばが生きてくるなぁ。
 実力はもちろんなければ勝てないけれど、「不思議な勝ち」を味方に付けなきゃ勝てないような舞台なんだろうなぁ〜
 どうやったらそれを味方に付けられるんだろうね。