毎日のニュース。

新聞を見ると毎日毎日物騒な事件が起きているなぁなんて思うけど、多少のことじゃ驚かなくなっている鈍感さに改めて気が付いてしまうこともあって、ちょっとげんなりしてます。
昨日の夜から報道されている、「交際相手の父親殺害図る 中3逮捕、反対恨む?」の見出しをみたときも、ふ〜ん。。。
いまどきの子どもって怒らすと怖いなぁとか、そういう子だから交際反対されちゃうんじゃないのかなぁなんて、のんきなことを考えていました。
でも次の一文を読んだ時は、すごく違和感を感じたんですよね。

女子生徒の父親が男子生徒側に現金を要求するなどトラブルになっていた。


んっ?中学生の交際になんで親がお金を要求するの?とんでもない親なのかな?
他の記事には、女の子は妊娠したこともあったようなので、それが交際の反対につながったのかもしれません。
娘が可愛くて、妊娠してしまった怒りを男の子側にぶつけて、それが金銭的なことだったのかもしれません。
冬頃から二人は、家出を繰り返していたともありましたから、荒れた中学生で、短絡的に殺そうと思ってしまたのかもしれません。
もちろんどんな理由だったとしても、人を殺そうとしてはいけないことなのは、言うまでもありませんが・・・


結局は中学生の二人が、彼女のお父さんを殺そうとしたけど、未遂で終わった、これ以上の事実は何も解らなかったし、ニュースとしては、それ以上のことは何も必要ないのかもしれないですね。
ただ、私が最初に感じたような「荒れた中学生」、または「とんでもない父親」という印象は、誰もが感じてしまうことだと思うんですよね。
本当はそのどちらだって構わないし、そのどちらでもないのかもしれないけど、ニュースを見る度にそういうレッテルを無意識のうちに貼っているんだなぁ。
事実はまったく解らないのにね。


いろいろな事件が起きているけど、ひとつひとつの事件には、その事件に関わっている人たちの思いや、それまでの経緯があるんですよね。
それを結果や印象だけを切り取って、論じてしまうことや、レッテルを貼ってしまうことって、やっぱり怖い。
ついこの間も似たような事件があったよなぁ、なんて思うことも多いのだけれど、やっぱりそれはひとつひとつ違う事件なんだよね。


あぁ。。なんだか短絡的だな。
似たような事件を一括りにしてしまったり、ニュースを一方向からしか読むことが出来ない自分の感性がちょっと嫌だな。
でも表に出てこないことなんて、解るはずもないのだから、それならば事実を淡々と読むことに徹したほうが、良いのかもしれないですね。
いや、そもそも解ろうとすることが間違っているのかな。